研究概要 |
ヒト音声は、遺伝によって規定される部分があると考えられてきた。これまでの研究では、双生児はその音声の共鳴周波数から推定される声道長(喉頭から口までの距離)に近似性を認め、遺伝的に規定される身体構造の類似性がその背景にあることが示唆された。本研究(3年間)では、音響学的測定と知覚的分析による分析項目の抽出、音声資料の選定と収集方法の検討、分析項目に関しての個人差の理解をもとに、個人音声のプロファイル化をはかり、この基礎データをもとに、双生児音声の近似性を明らかにすることを目標としている。本年度は、以下の課題に取組んだ: 1.これまで収集してきた音声資料(母音の持続発声、文章の音読、語の生成)の音響学的測定と知覚的分析の項目を列挙し、その測定・評価の標準的方法を検討した。母音の持続発声では、基本周波数の平均・声の高さ、基本周波数のゆらぎ・声の不安定性や振戦、ホルマント周波数パターン・母音明瞭度や鼻音化が標準的方法で測定・評価が可能であった。文章の音読(北風と太陽)では、所要時間・話速度・標的語(北風・太陽)の持続時間、標的語の有声開始時間(VOT)、標的語(太陽)の母音間ホルマント遷移率(運動速度を反映する)、標的文の話声位(基本周波数Foの平均)とFo変化(範囲)を標準的方法によって計測ができた。 2.成人(大学生、高齢者、構音障害者)70名の音声資料(母音の持続発声と文章の音読)をもとに、音響学的測定と知覚的分析を行った。個人の音声は、一部の音響学的測定(話声位-基本周波数の平均)や知覚的分析(明瞭度)では、正常と異常音声の区別や一部の話者間を除いては、他者との違いが明らかにはされなかった。ただし、複数の項目からなる個人音声行列(いわゆるプロファイル)を作り他者の音声行列と対比することで、近似性のある音声の可能性があるか、その可能性がほとんんどないかを知る方法が検討された。なお、各項目の数値は、個体内変動10%を誤差として考え、その範囲内である時に同一話者の可能性が高い、範囲外では可能性は低いと判定した。 3.音声聴取による話者の年齢推定では、一般成人では年齢推定誤差が平均10歳以内であったのが、構音障害例の音声では、話者の年齢をはるかに上回る年齢と聴者が推定していた。これは、構音障害話者の音声特徴が高齢者のそれに類似するためと考えられた(例えば、声質の劣化、話速度の低下)。構音障害例の発話明瞭度には、声量(声の大きさ)、鼻漏れの程度、発音の正確さが強く関与していた。一方、一般成人では明瞭度が高い(天井効果)ため、個人差は小さかった。音響学的測定による分節レベルの品質(明瞭)判定が必要と考えられ、今後の謀題である。 4.成人話者の個体内変動については、10日間連続の音声資料(母音発声,文章音読)収集と分析(Fo,持続時間等)を進めている。幼児・学童の音声収集については、その方法(特に調音を調べるための語リスト)を検討してきた。刺激絵の制作をすすめ、第1次データの収集に入る予定である。
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