研究概要 |
ヒト音声は、遺伝と環境の相互作用によって規定されると考えられている。これまでの双生児音声の研究では、声道形態を反映する音声基本周波数Foと推定声道長VTLに双生児ペアで高い相関が得られ、遺伝の影響が示唆された。本研究(3年間)の2年目では、音声の個人差(年代,発声発語障害)と個体内変動の理解、個人音声の基本特徴の抽出(プロファイル化)を目標に、以下の研究課題に取り組んだ。 音声の個人差を知るために、健康老人70名と大学生44名(統制群)の音声資料の音響・知覚分析を行った。高齢群の一部に、男性で高い、女性で低いFoを認め、高齢者での声の高さの個人差増幅が示唆された。声質異常(嗄声)は、高齢群の多くに認めた。高齢群では、話速度は低下していたが、調音運動を示す第2ホルマント変化率dF2は統制群と同等であり、速度制御により音声明瞭度を保っていると推察された。高齢群では、発語の遅さとくり返しやいい直しといった非流暢性も多く認めたが、調音異常はほとんどないことが確認された。大学生と医療介護者の調査より、高齢者音声はゆっくりでくり返しが多いという印象が得られ、音響分析の結果と合致していた。 発声発語障害は、個人音声特徴の一項目と考えられるが、前述の通り正常成人(高齢者も含む)では知覚的な調音異常がないことが明らかにされた。成人構音障害20例と統制群(大学生44名)の音声の音響分析より、構音障害話者では話速度とdF2が低下しており、調音運動制限が示された。構音障害20例と成人50例の母音発声と文章音読を用いた聴取実験によると、話者の推定年齢は、正常例ではほぼ年齢並みであったのに対して、構音障害例では歴年齢に関わらず高齢という印象を持たれていた。これは、高齢者音声の特徴である声質異常と発語の緩慢さが構音障害話者の音声にも認められたためと考えられる。 個体内変動を理解するために、成人8名(男女各4名)に2週間10日間の午前午後、合計20回、音声資料(母音発声,発語,文章音読)を収集した。音響分析により、平均Fo、分節持続時間、dF2などの測定値は、個体内変動係数が0.15以内と、ほぼ一貫した値をとることが示された。さらに、各測定値の変動幅も明らかにされた。 個人音声のプロファイル化については、音響学的測定(F0,VTL,話速度)と知覚的評定(嗄声,鼻音化)から得られた項目の行列化により、多くの話者(50名)と発語条件(DAF)の判別が可能であった。プロファイル化に用いる項目の絞込みと判別試験を次年度に実施していきたい。双生児サンプルと対応した年代層にある幼児(4〜6歳)53名の音声を収集した。現在、音響学的計測と知覚的分析を行っている。幼児音声の個人差を知ることで、双生児音声の近似性を精査し、音声の遺伝について理解をすすめることが次年度の課題である。
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