1.英語の所格交替(spray paint onto the wall/spray the with paint)で問題となるのはwith形(spray the wall with paint)をどう捉えるか、である。Pinker(1989)を始めとするほとんどの先行研究ではwith形が状態変化を表す、としている。しかしbreakのような典型的状態変化動詞と比較してみると、この捉え方に問題があることが判明した。状態変化説に従えば、breakが「壊れていない状態」から「壊れた状態」への変化を表すのと平行して、with形では「ペンキ等が塗られていない状態」から「ペンキ等が一面に塗られた状態」へ変化することになる。しかし予めペンキが塗ってある壁に対してペンキを塗ってもspray the wall with paintと言える。ペンキを一面に塗ったからといってそれで事象が完結すると限らないし、またペンキが一面に塗られた後に塗り続けてもspray the wall with paintである。つまり「状態変化」の鋳型に収まらないことになる。 2.次に、with形のwith句は一見道具を表すwith句と同じに見えるが、統語的・意味的特性を比較してみると、両者は別のものとしなければならないことが確認された。両者は「付随・付与」のような基本的意味を共有しているが、どの実体と実体の間でその関係が成り立つか、という点において異なると考えるのがよいようである。 3.with形は全体性の解釈を伴うが、これはcoverもしくはfillの事象タイプを表しているためと考えればよいことが分かった。またこの考えを理論的に表すためには、認知言語学で提唱されているusage-based modelの考え方を取り入れるのが有効であることが判明してきた。今後はconstructionをusage-based modelの見方で捉えなおしていくことで、所格交替のみならず交替現象全般にも有効な理論が構築する方向で研究を進めていきたい。
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