研究概要 |
1.英語の所格交替(spray paint on the wall/spray the wall with paint)と平行して、日本語にも所格交替が存在する(壁にペンキを塗る/壁をペンキで塗る)。Fukui, Miyagawa, and Tenny (1985)は、(1)日本語で所格交替を起こす動詞は英語に比べて極端に少ない、(2)ただし「-つくす」を付けると交替する場合があり(舗道に水を撒く/*舗道を水で撒く/舗道を水で撒きつくす)、そのような動詞の数は相当数に上る、と主張している。しかしこの主張のいずれも厳密には正しくないことが判明する。まず、「-つくす」を付けて交替可能になる動詞は事実上「撒きつくす」と「貼りつくす」の2つのみである。他方、確かに交替する動詞の数は英語よりは少ないが、それでも20以上の動詞が交替する。 2.日本語における所格交替は、根本的には英語の場合と同じように説明できる。「に」形は位置変化を、「で」形は'cover/fill' semanticsをそれぞれ表す構文により認可される。交替する動詞とは、このいずれの構文とも意味的に整合する動詞である。「-つくす」を付加して交替が可能になる事例は、一見日本語の交替が英語と大きく異なる点のように見えるが、実はこのような複合動詞も上述の構文で説明可能である。 3.その他の日英語の差異は、詰まるところ個々の動詞の語彙化における差異に還元できる。例えばfillは交替できない(*fill water into the glass/fill the glass with water)のに、対応する「満たす」は交替可能である(水をコップに満たす/コップを水で満たす)が、これは英語では容器しかfullと言えないのに、日本語では液体も「満ち」ることが出来るためである。
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