当研究課題の解明にあたり、今年度も国内外における調査研究を実施した。ただし、国内においては依然として教育関係者の消息はつかめず、軍政関係資料の収集を主に行っている。国外では、2004年9月と2005年2月の2回にわたりマレーシア・サラワク州及びサバ州において、日本軍政下の日本語教育に関する関係者への聞き取り調査及び資料・情報収集を実施した。サラワク州クチンでは日本サラワク友好協会の協力を得て昨年度も調査を実施しているが、サバ州コタ・キナバル、サンダカン、タワウは今年度が初めてである。コタ・キナバル、サンダカンでは、聞き取りの機会は得られず資料・情報調査にとどまった。タワウでは関係者3名(1名は元「南方特別留学生」)に聞き取りを実施することができた。クチンにおける調査成果は聞き取り計4名、収集した日本語教科書計4冊、雑誌1冊である。これまでのサラワク州における調査においては、教科書の使用実態は確認できていなかったが、今年度の調査により、クチンの初等教育において日本語教科書を使用していたとの新たな証言が得られた。 今年度の調査により明らかになった教育内容について、初等教育、成人教育に分けて記述する。 1.クチンにおける初等教育(中国系小学校)では、日本語・日本の歌の他に数学、地理などの科目も教授されている。日本語教科書を使用したという者もあるが、一方教科書は無く、板書をノートに写したという者もいる。もっとも現地の軍政部自体に教科書の編集・発行能力はなかった。使用されたという教科書は日本の国民学校の『国語読本』である。これらの点から考えても、教科書はおそらく全員に行き渡るほどの部数は供給されておらず、小学校で使用されたとしても簡易版か入手できる一部の者だけが持っていたものと考えられる。日本語を教える教員も不足していたため日本人、台湾人、現地の教員が混在している。現地の中国系教員の場合、中国語(漢字)や英語で意味を示しながら日本語を教授している。また、現在に至るまで日本語の歌を覚えている者が多く、当時の日本語指導のうち歌による日本語の指導はある程度効果的な教授方法であったことが窺える。 2.成人の場合、日本人の会社に勤務した者は職場で直接日本人から日本語を習った。ビジネスマンや役所勤務などの場合、仕事が終わったあと、無料で開催された夜間日本語学校で習う機会があった。タワウでは、日本人の教員が教え、台湾人の通訳がアシスタントとなって通訳した。また、日本語手当て(3級:1か月5ドル、2級:10ドル、1級:15ドル)があった。在外の日本企業や在留邦人があらゆる面で軍政に協力していた形跡が見られる。
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