今年度は、これまで収集してきた資料の分析と研究成果の発表・報告に重点を置いた。 本研究課題に関して、日本軍政下のマラヤ・「北ボルネオ」の事例を対象として分析した結果、今年度、新たに解明された点は、大きく以下の2点である。 1)実際の日本語教師の言説を通した教育観、「錬成」という教育方法の両面から、当時の日本語教師・日本語教育のあり方を考察していった場合、「錬成」による日本語教員養成で強調された「日本精神」の扶植に限定されない性質が見えてきた。つまり、今日的視点から見ても当時の教育には多文化化・多様化した教育状況に対応する意味での先駆性・先見性・普遍性が散見される。さらに、当該地域の言語教育実践が日本語教育の専門家不在の中で展開されたものであった点は注目される。 第一に、異文化理解とコミュニケーション重視の姿勢、言語の運用面に力点を置いた方法論の先見性である。また、技術分野の日本語教育やビジネス日本語教育の実施、目的別教科書の編纂なども先駆的な実践であった。 第二に、現地の元日本語教師の回想から伝わってくる当時の教育から受けたインパクトの大きさである。中でも特に本研究で取り上げた日本人教師の人間教育への意識は、現地の青少年に生きる指針とも言うべき影響を与えたという意味で、人間形成に資する、教育の普遍的側面を持っていたと言える。 2)日本軍政下の「北ボルネオ」における日本語教育は現地の人々に対する間接的インパクトとして、民族意識の覚醒と連帯という一面をもたらしたのではないかと考えられる。それは、第一に「北ボルネオ」における個々の民族意識の醸成につながったという側面がある。第二に、戦後さらに政治的レベルでの共同体意識を醸成する装置としても機能していった側面が見られる。ただし、いずれも日本軍政が企図したものではなく、前者は特に現地での指導者になることを期待された各民族集団のリーダーや日本軍政に協力した者にもたらされた教育の効果であった。一方、後者は日本軍政下の反日や抗日を核にした民衆側の政治意識の芽生えにより発展してきたと考えられる。
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