本研究においては、宗教にとどまらず文明の大系としてのイスラーム教が西アジアからさらに他世界に拡大していくことにより引き起こされた「イスラーム化」という現象の全般的把握に至る第一歩として、それがどこを通り、何と出会ったのか、というまさに基礎的部分を解明しようと試みた。フィールドとして選んだのは内陸ルートとしてアフガニスタン、海域ルートとしてスリランカおよび南インドである。アフガニスタン方面についてはムスリム到来時のアフガニスタンの民族、社会的環境を明らかにすることにつとめ、同地において約二世紀にわたってムスリムと対峙し、接触した相手がハラジュと呼ばれるテュルク系部族であったこと、彼らが建てた王国の有り様、及びムスリム征服後、これらの人々がどのような歴史を辿ったのかという点について全般的に解明し得た。さらに彼らがムスリムのインド進出の先兵としてどこを通って移動していったのかという点についても一端を明らかにし得た。一方海域ルートについては予期せぬ災害によってフィールドワークを途中で断念せざるを得なかったが、スリランカと南インドに伝わる二つのイスラーム初伝伝説の比較検討により、この地域におけるムスリム社会の成立と存続のためにマイノリティーとしてのムスリムがどのようなアイデンティティーを必要とし、それを産み出していったのか、という点について、海上交易や周辺社会との関連を考察しつつ新たな見解を提出することができた。
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