本年度は、当初の計画に従い、12世紀フランスにおけるビザンツ観を解明するため、フランス王ルイ7世の十字軍遠征を報じたオドン・ド・デュイユの『ルイ7世東征記』とシャルルマーニュ帝の架空のコンスタンティノープル訪問譚を含む『シャルルマーニュ巡礼記』を相互に比較、検討する作業を行なった。ルイ7世付き聖職者として王の十字軍遠征に同行した『東征記』の著者オドンは、王権と密接な関係を持つ聖ドニ修道院の修道士であり、後にルイ王の国政の指南役であったシュジェールを継いで修道院長に就任した人物である。一方、『巡礼記』はイェルサレムで入手された聖遺物を聖ドニに奉納する経緯が物語の枠組みを構成しており、同修道院の周辺で成立したことは間違いないものと思われる。『巡礼記』の成立年代については諸説あるが、これを一般に認められるように12世紀後半と仮定できるとすれば、その記述の中には、『東征記』に語られる東方、とりわけビザンツ帝国の首都フンスタンティノープルにおけるフランス人十字軍士の体験が、多くの誇張や文学的な脚色を伴いながら反映されていることが感得できる。たとえば、コンスタンティノープルの壮麗な建物や豊かな財貨に驚嘆しつつ、自らの劣等感を打ち消すように、ビザンツ人の狡猾さや軍事的弱体さをあげつらう言動などにそれを読み取ることができるであろう。
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