本年度は、8月にロンドンのBritish Libraryなどにおいて、第二次大戦中に出版された戦争に関するテンプルの著作の調査、および「福祉国家welfare state」を最初に言及したとされるテンプルのいくつかの著作の調査を実施した。テンプルは大戦中、大主教として様々な活動を行ったが、BBCのラジオ放送や国教会の機関誌などを通じて、ドイツとの戦争を積極的に進めるべきことを訴えたが、同時にテンプルは単純な反ドイツ感情や愛国主義には批判的で、ドイツ人民には同じキリスト教徒としての共感を示した。また、テンプルが「戦争国家warfare state」に対する反対語として「福祉国家」の語を初めて使用した点についても確認した。 本年度は、昨年度の研究成果として「社会改革における教会の役割に関するウィリアム・テンプルの見解」(『愛媛大学法文学部論集・人文学科編』17号)を発表した。この論文では、ウィリアム・テンプルに関する研究史の概要をまとめると同時に、宗教改革以後、イギリス国教会が社会問題に再び関心を示したのが19世紀初頭の奴隷制廃止問題であったこと、また、ナチス・ドイツの国家体制に対する批判的観点から、国家と個人の間に位置すべき中間団体としての教会の役割をテンプルが重視したことを確認した。 8月のロンドンでの資料調査の折りに、イングランド東部の巡礼地ウォルシンガムを訪れて、1930年代に国教会の高教会派(アングロ・カソリック)によって復活された巡礼地の現地調査を実施した。これは、社会問題に積極的にかかわろうとしたテンプルとは対照的に、使徒継承や儀式を重視して自分たち独自の信仰を重視する当時の高教会派の信仰の在り方を端的に示す巡礼地であった。このような比較の観点の導入によって、福祉国家へのテンプルの関わりをより深い信仰の問題から解明する糸口が見出された。
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