本研究は、近代イギリスの国民意識を形成するのに大きな意味を持ったとされる「反カトリック」感情について、プロパガンダとして流布された危険な存在としてのカトリック教徒のイメージと、実態としての近世イギリス社会におけるカトリック教徒の在り方の差違を明らかにすることを目的としている。 本年度は、近世イングランドの人々の反カトリック感情形成に大きな影響力を持ったとされる16世紀の神学者ジョン・フォックスの著作『殉教者の書』の分析を中心に研究を進めた。とくに、従来の研究では重視されてこなかった18世紀以降に刊行された諸版を考察の中心に据え、それらにおいて、16-17世紀のオリジナル版の内容がどのように改変されているかを分析した。そこから、18世紀諸版、とくに世紀後半に現れた分冊形式の流布版の刊行意図は、当時のイギリス社会において、カトリック教徒解放への政治的な流れが進行するなかで、危機感を持ったプロテスタントの反カトリック・プロパガンダの一環であったことを明らかにした。すなわち、社会全般の反カトリック感情の発露というよりは、カトリックへの寛容が進む現状への危機意識の現れとして位置づけることができた。 さらに、フォックスのテキストのみならず、16世紀以降の諸版で用いられた挿し絵が18世諸版にどのように受け継がれたかを、挿し絵の比較検討により考察した。そこから、挿し絵の系譜を明らかにし、そのプロパガンダとしての効果について、従来指摘されてこなかった新たな知見を得ることができた。
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