今年度は、宗教改革以降のイングランド国民の各階層における「カトリック的なるもの」に対する意識の在りようを、民間信仰や芸術思想、国民意識などとの関連で、多面的な考察を行った。 まず、民間信仰との関連では、庶民の間に根強く残った幽霊への迷信を取り上げた。中世では、煉獄の存在を前提として幽霊の存在が神学的に説明されてきたが、宗教改革によって煉獄が否定されると、幽霊はカトリックによる迷妄として否定された。しかし、民衆の間では幽霊への迷信が根強く、プロテスタント側でも、その神学に基づいた説明が求められた。結局、迷信は根絶できなかったが、この過程で幽霊への迷信や魔女信仰がカトリック信仰と一体のものと理解されたように、否定されるべき迷信とカトリックが同一視されたことは、カトリック教徒に対する否定的イメージの形成・定着に少なからざる意味を持った。 宗教改革以降、教会に掲げられた国王紋章は、国教会の長としての国王の存在を視覚的に示すものであった。名誉革命や18世紀のジャコバイト反乱に際して、こうした国王紋章の掲揚は、カトリックを奉じるステュアート朝に対して、プロテスタントの現王朝を支持することを意味したが、地域によっては庶民の間でのカトリック的要素や旧王統への愛着とも関連して、庶民の複雑な心情を示すこともあった。 宗教改革によって破壊された修道院の廃墟などは、早くから好古史家の関心を引いていたが、そういった中世の遺物への関心はカトリック的なものとして危険視されることが多かった。しかし、18世紀にロマン主義が盛んになると、審美的に評価されるようになる。それに伴い、カトリック的な過去への否定的な見方は弱まり、むしろ19世紀には、カトリック中世への憧憬が文芸思潮の大きな流れとなっていくことになる。こういった意識の変化は、カトリック解放へいたるプロセスを考える上で重要である。
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