昨年度の研究成果を受けて、今年度はファシズム期を中心に、トスカーナ地方からフランス南東部に在住した移民と亡命者を対象とした事例研究を行うこととした。ローマの国立中央文書館に所蔵されている「反政府活動者記録(CPC)」のデータベースより、トスカーナ地方の中でピサ県が最多数の政治亡命者を生んだことと、CPCに登録されたピサ県出身者3771名のうち、フランス在住者(すなわちフランスへの亡命者)は1048名を数え、反政府活動を行ったと認定された者の四人に一人がフランスへの亡命を余儀なくされていたことが判明した。 つづいて、ピサ県からカルチナイアCalcinaiaというコムーネ(市町村)を事例に選出し、CPCの史料に基づきプロソポグラフィックな分析を行うこととした。カルチナイアを選出した理由は、ここがピサ県の中でも最も多くのフランス在住者を生んだコムーネの一つであることに加え、1893年に起きたエグモルト事件においても最多数の被害者を生んだコムーネであり、19世紀後半からの移民現象との連続性の中で政治亡命の問題を考察することができる場所だからである。カルチナイアからフランスに亡命した61名(全員男性)を分析した結果、ファシズム政権成立直後にその時点で二十代の年齢で亡命した者が多く、職業としては農業に従事する者が大半を占め、亡命先はアルル市とその周辺に集中していることが明らかになった。また、1920年代後半から1930年代前半にかけては大半が政治活動から遠ざかるが、そのままイタリア公安の監視対象から除外される人と、1935年のエチオピア戦争後再び政治活動に立ち戻る人に二分されることが判明した。今年度の基礎的な作業を踏まえて、今後、カルチナイア一帯における政治文化の分析と、アルルにおけるカルチナイア出身者のコミュニティ分析をさらに進めていく必要性を確認できた。
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