私は、かねてより、フィリア(友愛)の概念を鍵にして、個人的な人間関係からポリス共同体へと拡がる、人間関係のネットワークについて、考察してきた。この度のプロジェクトでは、古典期のアテナイを舞台として、公私の関係性のなかにおけるフィリアのつらなりのあり方を、復讐=刑罰(ティモーリア)の概念から、より具体的に検討しようとしている。復讐がどのようなかたちで制度化され、ポリス運営のなかにとりこまれていったかということが問題となる。とりわけソロンによる民衆訴追制度の導入が重要である。アリストテレスらの伝えるところによれば、ソロンは「何人でも欲する者」に、被害に遭っている者のために「復讐」することを許したという(民衆訴追制度の導入)。ここに「復讐」と共同体性の明確な関連を見いだすことができる。 今年度は、民衆訴追制度における「復讐」の主体が市民のうちどのような人々であったのかということを、法廷弁論と碑文資料を中心として考察した。特に、ギリシア碑文集を中心に、関連碑文の用例を検討することにより、「復讐」の主体として、制度上期待されているのが、「役職者」(評議員を含む)と「私人」の双方であることを明らかにした近年のギリシア法制・社会史研究のうえでは、「復讐」の担い手として一般市民は消極的な関与しか示さなかったということが前提とされているようにおもわれるが、いっぽうで市民たちは回り持ちで役職をになっていたのであって、役職者としての職務からの、復讐的刑罰への関与についても検討しなくてはならない。あわせて、それぞれの市民の私的な紐帯や、友人のために復讐をはかることを求める互酬的価値観が、法廷という公共の場でどのようなかたちで表明され、したがって個人的な復讐の観念が、どのようなかたちで共同体性とむすびついているのか、ということも問題にした。
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