研究概要 |
本年度の主な研究目的は,アイヌ社会における集団の空間的流動性は,紛争処理理論で説明されるものかどうかを検討することであった。サン,ムブティ・ピグミー,ハッザ,ヘヤー・インディアンなどの狩猟採集民で確認されてきた集団の空間的流動性には,紛争処理機能が備わっていると理解されてきた。1856〜1869(安政3〜明治2)年の三石場所のアイヌを事例に6か年次の史料を分析した結果,次のことが明らかになった。 (1)集団の空間的流動性には,分裂の流動性と結合の流動性があった。集落ごとの分裂の流動性の平均値は0.82であり,最も流動性が高かったのは1856(安政3)年のC集落(0.23)であった。同様に,結合の流動性の平均値は0.79であり,最も流動性が高かったのは1858(安政5)年のT集落(0.25)であった。 (2)結合の流動性が高い集落では,分裂してきた家ばかりではなく,分裂しなかった家を含む事例が多かった。結合の流勳性が平均値よりも激しかった集落の66.7%では,分裂しなかった家を含んでいた。これは,集団の分裂に基づく紛争処理理論のみでは,必ずしも集団の流動性を説明できないことを意味している。 (3)集落を構成する家と家は,親子,兄弟姉妹関係という血縁親族関係で結ばれていることが多かった。平均すると,1集落あたりでは71.9%(174/242)の家が少なくとも集落内のほかの1戸と親子,兄弟姉妹関係にあった。結合の流動性が平均よりも激しかった集落では,73.4%の家が少なくとも集落内のほかの1戸と親子,兄弟姉妹関係にあった。 (4)集団の空間的流動性には,結婚などによって異なる家と集落に分散して居住することになった親子,兄弟姉妹が,再び同じ集落で一緒に暮らす機能(血縁共住機能)があると考えられる。
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