本研究では、1:日系漁民の拡散を惹起した社会・経済的要因、2:第二次世界大戦以前における日系漁民のカナダ西岸の地域的展開、3:出身地に起因する生業と拡散構造との関連性、の3点について解明することを目的とする。 目的達成のため、文字資料と同等以上のオーラルデータについても検討を重ねた。インフォーマントの選定にあたって、本人・配偶者・血縁関係者・地縁関係者・同業者など、その属性によってデータの扱いは異なる。とくに、日系漁民最大の輩出地というだけで、和歌山県三尾出身者の安易な選定は危険である。学齢期を日本で送った彼らでは、当期に関するオーラルデータは伝聞となるからである。また、古写真や日記など、インフォーマントの記憶を呼び起こす「装置」の併用も重要である。 排斥史観から脱却した日系漁民史を説明すると、漁業とその関連産業においては、日本での出身地に深く関わる社会・経済的分業体制が構築されていた。とりわけ、日系漁民の拡散的二次移住を惹起した漁船の動力化において、伝統的な船大工の輩出地の出身者を中心とする日系造船業の役割は重要である。カナダ北西部に位置するクイン・シャロット諸島での捕鯨業についても、同様であろう。しかし、同業においては、捕獲・ノルウェー系、解体・日系、加工・中国系のように、民族(エスニック集団)別の分業体制が見られた。このことは、キャナリーでは戦前だけでなく、戦後においても確認できる。現在でも、魚類の選別、スジコの取出しやパッキングなどにおいて、日系人の有する特殊技能が重宝されている。 発表者が継続調査している朝鮮への潜水器漁業と貝類缶詰製造業や、台湾へのカツオ一本釣り漁業とカツオ節製造業の事例との比較検討も進めねばならない。近代の環太平洋地域における日系漁民の移住・移動と、それにともなう水産加工品業の発生・発達について、総合的に理解することが、今後の課題である。
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