日本歴史における水田環境の存在意義を明らかにすべく、おもにガン・カモ科鳥類を対象とした狩猟活動に注目して、日本列島の水田稲作地帯において、エクステンシィブおよびインテンシブな民俗調査をおこなった。調査では、水田生態系が大きく変貌する以前の1920年代に時間軸を設定して、まず当時の水田稲作のあり方を復元するとともに、そこに伝承される狩猟技術の全般を記録した。 その結果、稲作民にとって水田環境はイネを作るためだけのものではなく、狩猟の場として機能すること、とくにガン・カモ科鳥類を中心とした冬の渡り鳥猟にとっては重要な意味を持っていることがわかった。また、ガン・カモ科鳥類にとっても、冬の水田地帯は渡りの中継地・越冬地として重要であり、水田であるからこそより多くの鳥が誘引されると考えられる。当然、そこに暮らす稲作民にとっても銃を用いない伝統的な狩猟法(手網や置き針など)によってガン・カモ科鳥類を比較的たやすく捕らえることができ、それが冬期の重要な食物(ハレとケの両面において)になっていたことがわかった。こうしたことにより、日本列島における水田環境の潜在力を示すものとして、水田漁撈にならび水田狩猟を提起するに到った。 さらに、手網などを用いたガン・カモ科鳥類の伝統狩猟法をめぐっては、一見すると技術的には素朴ではあるけれども、それに反比例するように、地域の自然(気象・地形・動植物の生態など)に関する膨大な民俗知識がその成立には不可欠であることが理解された。そのため、そうした狩猟法が今なお伝承される地域では、地域の自然環境が猟場を維持することと合致し、結果として自然が保全されていると考えられることもわかった。ワイズ・ユースなど現代の環境思想とも関わることであり注目される。
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