平成15年度は、高齢者の世代交代と民俗の伝達と継承という問題に注目してみた。神社への奉仕には隠居や定年の制度は存在しない。その場合、個人が老いを自覚したときにそれまでの仕事をどのように次世代に引き継がせていくのか。それについて島根県八束郡鹿島町佐陀宮内の佐太神社の古伝祭への参与観察とそれに奉仕する人々への聞き取り調査を重点的に行った。以下がそのケーススタディの概要である。 社人の一人として代々N家は神饌を調整する御盛の祝(みもりのはふり)という役目を家職としてきた。佐太神社には御座替神事や神在祭をはじめとする古伝祭があり、これらの祭りではその都度、精進潔斎した社人によって鑽り火が鑽られ、その火を用いて熟饌が調整される。昭和7(1932)年生まれの話者は昭和23(1948)年に祖父の跡を継いで祭りに奉仕するようになった。その彼が70歳を過ぎた今、50余年自分自身がつとめてきたことをすべて次の後継者の若者に伝えようとしている。彼自身がどのようにして熟饌の調整や神事のための道具や設え作りの技術を習得してきたのか、そして今、彼が次世代の若者にどのようにそれらを教えているのか、その実態について詳細な調査を試みた。その結果、「やればやるほど恐さがわかる」という言葉とともに、このケースにおいて、職能の伝達と継承にあたっては「技術の伝承と精神の伝承」、「教えられるものと教えられないもの」という重要な問題点があることが浮かび上がってきた。
|