第一に、伝統的な社会における高齢者の世代交代と民俗の伝達と継承という問題についてである。神社への奉仕には隠居や定年の制度は存在しない。その場合、個人が老いを自覚したときにそれまでの仕事をどのように次世代に引き継がせていくのか。それについて島根県八束郡鹿島町佐田宮内(やつかぐんかしまちょうさだみやうち)の佐太(さだ)神社の古伝祭(こでんさい)への参与観察と、これに奉仕する人々への聞き取り調査を継続的に行なった。その結果、現在70歳を過ぎた社人(しゃにん)の一入は、50余年つとめたその仕事をすべて次の後継者の若者に伝えようとしていた。このケースにおいては、職能の伝達と継承にあたっては「技術の伝承と精神の伝承」「教えられるものと教えられないもの」という重要な問題があることがわかってきた。 第二に、都市部における定年後のサラリーマンの帰属意識についてである。2007年から始まる団塊の世代の定年問題が社会的関心を集めているが、その団塊の「兄」世代(1930年代生まれ)で、大学卒業後、鉄鋼、造船、自動車、電機、石油化学などいわゆる「重厚長大」産業に従事した男性を主な対象とした。高度経済成長期においてこれらの産業は、技術革新による発展、内需拡大型の成長から輸出主導型の成長への転換をはかったことが共通しており、調査対象者はそれぞれの企業の躍進の中で好況不況の波を体験してきた。すでに定年退職し、現在70歳代である彼らの定年後の活動には、JICAのシニアボランティアへの参加、専門知識と経験を生かした顧問的な仕事、囲碁やゴルフ、テニスなどの趣味、マンション管理組合の活動、田舎暮らしの実践など、多様であることがあらためて確認された。定年後の付き合いについては、大学時代の同期生の集りや大学時代に所属したクラブの集りなどが定期的に行なわれているケースが少なくない。彼らが長年つとめた会社への帰属意識に代わるものとして出身大学への帰属意識を求める傾向性がうかがえた。
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