過去2年間にわたる比較法的検討や哲学的掘り下げをふまえ、平成17年度は、遺伝子医療・診断に関する新しい法理のあり方につき最終的な総括を試みた。とりわけ、遺伝子法理の捉え方について、ルールよりも法原理に重点をおく原理思考を肥大化させる傾向が欧米およびわが国で支配的であるが、こうした原理思考の有効射程を法理論的視角および比較法的視角から検討する作業に重点をおき、世界的な通説への批判的視座を確立するよう努力した。 取り上げた観点は、比較法的側面(アメリカ法への傾斜の行きすぎに関する批判的検討)、方法論的側面(解釈、欠缺補充、制定法の訂正といった裁判官の法発見作業において原理が果たす機能の限界)、現代法思想史的側面(ドイツにおける戦後法哲学の躓きからの影響)、法規範や法源の基礎理論等々であるが、検討の重点は、大陸法系諸国の憲法、とりわけわが国憲法の人権規定をどのように解すべきであるかという問題の解明であった。この問題につき、憲法の私人間効力の問題に関するわが国やドイツでの多数説と少数説の議論を対比し、とりわけ憲法における基本権規範の法的性質の分析を、従来より一層鋭く遂行することに精力を傾けた。 国際的視野が要求される検討にあたっては、これまで協力して頂いたシュライバー教授とリーリエ教授のほか、日本の他大学の専門家からもアドヴァイスを受けた。成果の中心点は、平成17年5月末にグラナダで開催されたIVR(国際法哲学社会哲学連合)の世界会議の席上英語で発表し、ドイツ、イギリスなど世界の学者たちからの反響を得ることができた。大部分の成果は、平成18年5月〜6月に公刊予定の拙著『法理学概説』(約600頁)のいくつかの章のなかに、重要な着眼点として取り込んでいる。 以上により、遺伝子治療・診断の規制のあり方としていかなる法的倫理的対応が望ましいかという問題の法理論的検討として、可能な限り堅実な基礎理論を構築することができたと考えている。
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