研究概要 |
本年度は,昨年度に引き続き,現代の民主主義理論と環境論理との緊張関係のカギとなる「進歩」概念を研究することを目標においた。その際,進化論およびダーウィニズムにかかわる議論を再検討することを通じて,進化・進歩概念を思想史的に吟味することを試みた。 現代ダーウィニズムに代表される近代の人間像は,人間をはじめとする生物体を,それを取り巻く外的自然(環境)とも,遺伝子という内的な自然とも切り離されたものとしてとらえている。ダーウィニズムによれば,遺伝子の変異によって環境にたまたま巧みに適応できた個体が,より多くの子孫を残すことによって生存競争に勝利することになる。このような生命観は,「健康や有益な特徴を導く遺伝子をもっていれば,人々の人生はもっとよくなるはずだ」と考える現代の優生思想の基礎にもなっている。 このような観点から,昨年度末には,胚選択・遺伝子工学などの先端技術による遺伝子介入の優生学的問題を論じる「科学技術の発展に法はどう向き合うべきか-クローン技術と遺伝子介入の未来」を執筆した。ここでは,市場経済とそれを支える個人主義的リベラリズムそれ自体は,バイオ・テクノロジーによる「人間本性への介入」を押しとどめる論理をもちえないだけでなく,むしろそれを後押しすることを示した。次いて平成16年3月には,第28回日本イギリス哲学会研究大会において「ダーウィニズムの現代的意義」というテーマで発表を行い,バイオ・テクノロジーや市場原理主義が引き起こす現代の規範的諸問題に対して,ダーウィニズムがいかに強い思想的影響を及ぼしているかを論じた。 また,2005年3月に出版予定の『イギリス哲学の基本問題』において執筆を担当した「ダーウィニズム」では,ダーウィン進化論の形成過程においてマルサスの自由主義的政治経済学の与えた影響力を跡付けるとともに,「ダーウィニズムの人間への適用」がいかにあからさまな優生学的な階級的・人種的差別を正当化したかを論じている。
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