研究概要 |
今年度は、昨年度に引き続き、現代の民主主義理論と環境倫理との緊張関係のカギとなる「進歩」概念を研究することに目標をおき、優生学およびダーウィニズムにかかわる議論を再検討することを通じて,進歩概念を思想史的に吟味することを試みた。 ダーウィンは1871年の『人間の由来』において自らの進化論を人間社会にも当てはめて、文明社会では医療や福祉の発達により「自然選択」が充分に機能しないため、劣った遺伝的資質をもつ人々が社会に占める割合が増加しつつあると警鐘を鳴らした。彼のいとこであるF・ゴールトンは、同様の認識に立って、社会全体における人間の遺伝的改善をめざす優生学の創設を提唱した。しかし、ゴールトンも彼の継承者たちも、全人類を同列において改善しようとしたわけではなく、帝国主義的拡張競争の渦中にあった大英帝国の国力増強を第一にめざしたのである。今日、遺伝子工学の進歩によって、人間の遺伝的資質の改良が現実味を帯びるに従い、優生学の過去が再び関心を集めている。 今年度は、このような優生思想の歴史的展開をも念頭におきつつ、バイオ・テクノロジーや市場原理主義が引き起こす現代の規範的諸問題に対するダーウィニズムの規範的含意を研究した。その成果は、平成17年5月24日からスペインで開かれた第22回IVR(法哲学・社会哲学国際学会連合)世界大会において、"Is Liberal Eugenics Refutable in the Globalized World? : Liberty, Evolution, and Justice"というタイトルで発表したほか、7月16日に開かれた日本イギリス哲学会第32回関西部会例会にて「ダーウィニズムとリベラル優生学」という題目で報告をし、10月22日に開催された法理学研究会10月例会において「リベラル優生学を論駁することは可能か」というタイトルで発表した。現在、これらの報告をもとに、今日展望されつつあるヒト生殖細胞系列への遺伝子工学の応用による遺伝子改変が、ダーウィニズム、優生思想、自由主義とどのような関わりをもつのかについて、単著を執筆中である。
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