第八十九条の沿革の理解にあたっては、同条の原案たるリゾー原案のモデルとなった旧モデル州憲法規定の成立の背景を解明することが重要である。同条の沿革に関してはここに研究の空白域があった。 同規定は合衆国諸州憲法等における関連規定の中で独特の類型をなしている。 同規定は、私的団体への助成(公金支出等)を全面的に禁ずるものではなく、使途統制を伴うという条件付きで容認したものと解される。 このような独特のモデル規定はいかなる事情で生まれたのか。同時代のどのような思潮ないし動向の所産であったのか。本研究ではその問題を重点的に追究した。その結果、以下の点を確認することができた。 第1に、この規定は、ニューヨークに本部のある全国都市連盟が作った私擬憲法ならではの、異色の規定であったこと。 第2に、このような規定の出現を支えた強い動機というべきものの第一のものは、私的慈善施設に対する助成の必要にあったと推測されること。 第3に、この規定には19世紀の「濫費の弊」の消し難い記憶が刻まれていること。その意味で、決して、単なる財政上の政教分離にとどまらないものであったこと。 第4に、私的組織に対する助成を容認する場合に「使途統制」を要求するという考えに近い見解が同時期に出現していること。 第5に、この規定は、宗派系学校への助成可能性を必ずしも排除しないが、その問題を立法事項で処理し得るようにしていること。ジョーンズ法規定のような公金支出禁止対象の明記がないのはそうした配慮によるものと解されること。 このような事情から当時の実定州憲法などには見当たらないユニークな規定が生まれ、それがリゾー原案のベースとなったことにより、日本国憲法第八十九条というユニークな規定が誕生するに至ったのである。
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