今年度においては、研究目的の一つとして掲げていた、国連海洋法条約を軸としながら形成・展開している現代海洋法秩序の構造的な特色を析出する作業に取り組むことに集中した(もう一つの目的である、海洋法の思想史研究は十分にはなし得なかったので、次年度以降の課題としたい)。今年度、本研究課題に取り組み印象的であったのは、現代海洋法秩序の形成・展開のテンポは想像以上に早く、しかも、かつては考えられなかった新たな諸要素を取り込みながら、深化を遂げつつあるという点である。端的にいえば、現代海洋秩序は、海洋の環境および生態系保護との諸課題と連動しながら、新たな次元における展開を見せつつある。そこには、しかし、海洋における「自由」から「規制」へと流れる、海洋法思想の連続的な発展過程が浮き彫りにされている。鍵となる新しい概念は「海洋保護区」(Marine Protected Areas、MPA)である。MPAは、海洋のいずれかの部分において設定され、そこにおける人間の活動を様々に規制しようとするものである。元来、MPAは、国家領域の中に設けられる保護区の一種であったが、20世紀末以降、領海外の200カイリ水域やさらには、国家の管轄権の限界を超える海域(すなわち公海)上にMPAを設定しようとする動きが顕著である。なぜ公海上かといえば、脆弱な海洋の生態系を保護するためには、世界の海洋の広範な部分にMPAを設定する必要があると考えられるようになっているからである。MPAは、航行の自由、漁業の自由など、およそ人間のあらゆる活動を規制の対象としている。MPAの設定に伴い、国際環境法の基本原則のいくつかも、その見直しやさらなる発展を迫られつつある。ここに、国際海洋法と国際環境法との交錯・融合という注目すべき現象が現れている。今年度は、現代海洋法の展開課程で鍵を握ると思われる、MPAなる概念のもつ意義と問題点を多面的に検討した。
|