優越的地位の濫用の規制は独占禁止法上特殊な地位にあるものとされてきた。第一に、ここにいう優越的地位は市場における支配的地位を意味せず、いわば取引関係特有の事情による交渉力不均衡を意味している点である。第二に、当該行為の結果競争が害されることが要件となっておらず、市場が非競争的な環境にあることを搾取的に利用する場合を念頭におかれた規制であることである。取引関係に特有の交渉力不均衡がどのような事情で生じるのかについて、従来理論的な解明はなかった。近時、不完備契約下でのホールドアップ問題ないし後契約機会主義的活動として説明する立場が有力になってきた。本研究では、この立場に立ちながらも、問題を過小投資ではなく、限定合理性状況にある当事者の期待の保護の観点から説明を行った。また、優越的地位が取引関係特有の交渉力の不均衡を含むことは確かだが、これには典型的な独占的な地位も含むはずである。この点が従来軽視されてきた。本研究では、優越的地位の前提作業として市場支配力分析の洗練化を行った。この観点から、大規模小売店による優越的地位の濫用規制の再検討行った。ただし、取引関係特有の交渉力の発生する領域を市場と見る近時の有力説に対しては、経済的な基礎を欠くことを指摘して、これを棄却した。第二の点については、優越的地位の濫用が搾取的濫用を含むものではあるが、同時に排除的濫用も含むはずであることを示した。また、排除的濫用と搾取的濫用には境界領域を含んでおり、両方の視点からでないと適切な規制ができない領域があることを示した。さらに、従来の優越的地位の濫用の規制例においても排除的濫用の側面から説明可能なものがあることを示し、基準の明確化を図った。
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