本研究では、EUの東方拡大過程において、EU域と国境を接する加盟準備国の地方自治体が「統合準備の先駆的役割」を果たしていることを明らかにした。具体的には、北海地域・バルト海地域の研究で明らかにした、国境沿いの地方自治体が担う「地域統合の実験的役割」が、バルカン半島と黒海沿岸でも適応されているかを検証した。 本研究では、具体的な学術的分析手法として、これまで地域政策分析枠組みとして有効とされてきた「MLGモデル」の検証を行い、その枠組みとしての短所をMLGモデルの発展型分析枠組みである「越境広域経営モデル」で補強・発展させた。欧州においては、非国家行為体のひとつである地方自治体は、「越境広域」で自らのアイデンティティを変容させ、「国際的行為体」として、法的・財政的資源を国家ネットワークから獲得し、その地域の経営に参加している。ところが、この現実とは裏腹に、分析枠組みとしての「MLGモデル」では、地方自治体は、3層の最下層に埋め込まれた国家のクライアントとしての位置を脱却していない。確かに、国民国家システムから脱国家システムへのシステム転換は、一足飛びに、行われるのではない。しかし、MLGモデルでは、行為体が埋め込まれている層から離れて活動を開始することが認識されておらず、越境広域で始まっているダイナミズムを分析し切れていない。「バーティカル」な連接に中心を置いたMLGモデルを補強し、「ホリゾンタル」な連接をも分析しうる動態的な「越境広域経営モデル」を設定することで、「超国家レベルと自治体レベルの連携が、地域政策領域としての国家領域を崩し始めている」現実を分析できるようになった。越境広域経営モデルで欧州統合を理解することの意義は、EU地域政策の中で実態として最も強力な行為体である国家の力の総量が単純に減少しているのではなく、同時に、欧州地域政策の政策決定量そのものが、超国家レベルと地方レベルで増加している状況を分析しうる点にあった。本研究対象地域の黒海・バルカン半島隣接地域を含むCADSES地域でも、グランドデザイン作りの過程で、地方自治体のアイデンティティの変容が認知できた。
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