研究概要 |
本研究では,製造業企業A社の人事データと従業員意識調査結果とを用いて,A社が実施した人事制度改革ならびに雇用調整の経済的帰結を分析した.分析の結果,以下の2点が明らかとなった.(1)A社では2000年以前には職能資格制度を採用していたが,従業員の高齢化に伴い高位資格への自動的な昇格や滞留などの年功的弊害が目立ってきた.この問題を解決するために,A社は管理職層に対する職務等級制度を導入した.改革の結果,A社の職能資格制度から職務等級制度への移行過程において,大規模な従業員格付変更が実施されたが,その中で労働意欲が向上したのは上位格付けされた管理職層のみであって,同等または下位格付けされた管理職層ならびに非管理職層の労働意欲は下落した.このことから,A社の成果主義的人事改革は,その目的である労働意欲の喚起に必ずしも成功してないという結論が導かれた.(2)1990年代を通じて重要性を増してきた希望退職という雇用調整が何をもたらすのかを考察した.A社が実施した第1次雇用調整においては,在職者全体と希望退職者との比較,ならびに自己都合退職者と希望退職者との比較から,希望退職者の職能資格等級や給与は相対的に高いにもかかわらず,査定点は在職者と同等程度であり,自己都合退職者よりも低いことが判明した.つまり,希望退職者は会社にとって辞めてほしい人だったといえる.これに対し,第2次雇用調整においては,同様の比較から,管理職層では在職者全体と希望退職者との間の査定点はほぼ同等程度であったが,非管理職の資格の低い層では希望退職者の査定点が有意に高く,自己都合退職者と希望退職者との間には査定点の差はないことが明らかとなった.A社の事例は,優遇条件や勧奨活動によっても,会社が辞めてほしい人だけが辞めるのではなく,成績優秀者も流出するという逆選択現象が希望退職には伴うことを明らかにした.
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