「矢作川流域社会ネットワーク」は、森林便益の受益者が自発的に森林保全のコストを負担しようとする社会実験である。それは、環境経済学や外部性理論の究極的課題である「外部性の内部化問題」を、流域受益者住民が自ら解決しようとする試みである。本研究は、このような我が国の社会実験がオルソン(Mancur Olson)のCollective Actionに関する理論仮説を満たすものであることを現地調査とアンケート調査によって確認、証明した。 主に明治用水土地改良区を対象とする本年度の研究によって得た主要な結果は、次の通りである: 1.森林保全という集合財を供給するために自発的な協調行動を取った中心的主体は、森林便益の程度が曖昧かつ抽象的な都市住民ではなく、便益が直接的でかつ自らの正業に直結していることを認識している農民や漁民である。(論理1:大きな便益無しには、協調行動はない) 2.森林便益を生み出すための協調行動を組織するには、協調的な集団組織の形成を必要とするが、矢作川流域社会ネットワークは流域社会全体を束ねる単一の組織(略称、矢水協)のリーダーシップによって形成された。 (論理2:組織的リーダーシップ無しには、協調行動による集合便益の供給はない) 3.矢作川流域社会ネットワークは、約140万以上の流域住民を組織するという意味で、量的にも大規模集団に属するが、オルソン命題によれば、このような大規模集団が組織されるための前提条件としてSelective Incentivesが存在しなければならない。矢作川流域ネットワークの場合には、魚業組合や農業組合という利益集団がすでに存在しており、かつこれらの団体はSelective Incentivesを与えるものであるが故に組織された。この意味で、オルソン命題の前提条件を満たしている。 (論理3:Selective Incentives無しには、大規模集団は組織されない) 以上の研究結果によって、「矢作川流域社会ネットワーク」がオルソンのCollective Action理論の諸条件を満たしていることを明らかにした。
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