本研究は、英国屈指の伝統的大土地所有貴族・デヴォンシア公爵が、ランカシア最北端の新興工業都市バロウ・イン・ファーニスを舞台に展開した「地主企業家」ともいうべき企業者活動に関する実証的な研究である。結果は次の通り。 まず第1に、彼の企業者活動が、所領経営(Estate Management)及びその延長線上の利害に先導されて、資本経営(Capital Management)に自らの立脚点の一つを移す過程であることを明らかにした。具体的には、彼は、1846年に鉄鉱山及びスレート採石所の開発手段としてファーニス鉄道を開業し、1860年代にバロウ・ヘマタイト鉄鋼会社を創設し、そして1870年代初頭には世界商品=鋼レールの輸出を軸にした一連の産業企業を創設した。それらは全体として土地利用の地域的生産力構造をなすものであった。最初は「私有財産的鉄道」として、次には‘Furness-Cavendish Organism'として、最後には「ファーニス産業帝国」として、公爵家はその地域的生産力を掌握した。 第2に、彼の企業者活動が地主財政に如何なる効果をもたらし、また彼の企業者活動にとってそれが如何なる役割をはしたのかを明らかにした。公爵家財政は、土地所有の「富」が大規模に資本に転化する機構として機能し、同時に投資収益の資本への再投資という資本循環そのものを内包するものであった。かくして、公爵家は自らのうちに資本家魂を抱え込むことになった。 第3に、20世紀初頭における同家の「株式・債券保有貴族」への転身と比較して、19世紀の土地貴族の企業者活動を歴史的な意味を検討し、それらが19世紀ブリティッシュ・エンパイアに独特な「資本=土地所有コンプレックス」の具体的な実相であったことを明らかにした。
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