石川県の教育統計を収集・整理入力し、高度経済成長期の高等学校進学希望者の増大と、それへの政策対応としての学校数・学級数増加の推移を確認した。そこから、奥能登地域においては都市部から若干遅れて進学率上昇が起こったこと、通学地域の広さという地理的条件から、能登地域では学校数を増やすことによって進学希望の増大に対応したことがわかった。また、行政文書と新聞記事から、第一次再編計画の政策決定プロセスと、統廃合基準策定の根拠を分析し、当時の国レベルでの教育改革の柱であった総合学科を各学区で設立することが、既存の高校の統廃合計画の背景であったこと、各通学域において上位進学校の募集数維持が重要な政策目標であったことが確認された。 また、研究対象高校入学者の出身中学比率、および高等学校卒業後の進路について、約30年の統計を分析し、(1)対象高校が当該地域コミュニティの出身者を十分にひきつけることが出来ず、地域高校としてのプレゼンスを示すことが出来なかったこと、(2)いわゆる進学校ではない対象校でも、1990年代以降、卒業後の高等教育進学率が上昇しており(成熟学歴社会の実現)、石川県の高校設置政策は、若年層の地域からの人口流出をコントロールできていないことを明らかにした。石川県のこの政策は島根県の方式と比較して大きく異なっている。過疎地コミュニティの維持存続の鍵として、学術的には地方教育行政の政策ビジョンのあり方に注目すべきことがわかる。今後の研究課題として、日本のさまざまな過疎地域において、高等学校の教育政策の方針と若年層人口移動との関連を分析し、比較検討すべきことが明らかとなった。 以上の成果を、昨年度までの高等学校教育機会に関する、高校生、住民の意識調査の結果、および大学進学者と非進学者のローカル・トラックの現況の分析結果と総合し、研究成果報告書としてまとめた。
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