明治後期から昭和戦前期へという時代の転換期において活躍した著名な経済人の文化や思想の変容プロセスをたどると同時に、そうしたプロセスを誘導した歴史的・社会的コンテキストを検討した。 とくに今年度は、財閥創始者世代の実業家・経済人のなかでも、断然、茶事や能楽といった財界のハイカルチャーに敏感であった安田善次郎の生涯を、残された記録資料を手がかりにたどった。また、そうしたハイカルチャーに距離を置きつつも、自らの社会的威信や社会的地位の向上にたいして野心的であった同じ世代の実業家・大倉喜八郎の事業や経営思想・成功の哲学をも同時に検討することで、大正期の実業家の典型的なメンタリティを確認した。 また、実業界におけるハイカルチャーのその後の展開をたどるため、実業家文化の中心にいた実業家(小林一三と松永安左エ門)の同時代における言動を追跡した。そして、戦中・戦後における資産家層の解体、実業ハイカルチャーの解体、および、財界人・実業家たちの財産放棄に見られる"潔さ"のメンタリティを、それぞれ確認した。 さらに、これらの研究を踏まえて、次の点を確認した。すなわち、従来の実業エリート研究(とくに経営史学的アプローチによるもの)が、実業エリートの社会的上昇にたいする志向よりも、彼らの国益・公益志向を実態以上に強調する傾向にあること、そして、従来の研究に加えて実業エリートの文化的側面(とくに戦略的な動向)についての検討・考察が進めば、実業エリートが近代日本に占めた歴史的・社会的意味を多角的に理解できることである。
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