当該研究期間での研究概要は、おもに以下の3点である。 1.『時事新報』に掲載された三回にわたる資産家調査、および、人事興信所から刊行された『人事興信録』などの資料を検討し、それぞれの調査や公表事実の特色、資産家を掲示する表現の手法、社会的な影響や衝撃を考察した。さらに、明治・大正・昭和初期と時代が進むにつれ、それらが資産家の上位者である実業家や華族の私生活にたいする暴露的な関心を増幅し、その結果、金満家としての彼らの希少性に注目が集まる時代となった点を明らかにした。 2.近代日本の代表的実業家である安田善次郎と大倉喜八郎を取り上げ、彼らの社会的・文化的自己定義について考察した。そして、明治前期の代表的なアスピラントであった彼らが、同時に、公的に権威づけられた模範的実業家として、自己の事業展開を再定義していかなければならなかった点、および、金銭的成功者として矛盾したアイデンティティを形成せざるをえなかった点を明らかにした。 3.明治後期から昭和戦前期へという時代の転換期において活躍した著名な経済人の文化や思想の変容プロセスをたどり、同時に、そうしたプロセスを誘導した歴史的・社会的コンテキストを検討した。とくに、当時の実業家文化の中心的な担い手であった二人の実業家(小林一三と松永安左エ門)の言動に着目しながら、戦中・戦後における資産家層の解体、実業ハイカルチャーの解体、および、財界人・実業家たちの財産放棄に見られる"潔さ"のメンタリティを、それぞれ確認した。
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