カドミウムによる環境汚染がもたらす健康被害、すなわち慢性カドミウム中毒は、その重篤例が、イタイイタイ病であり、非重篤例がカドミウム腎症(近位尿細管障害)という腎障害である。しかるに、環境省と環境省が組織化した医学研究班は、この腎障害を公害病とは認めていない。カドミウム中毒問題は水俣病問題と並ぶわが国を代表する公害問題であるが、両公害問題がたどった歴史的過程には、(1)複数の汚染地域のうち一部の地域しか公害病指定されず、しかも、(2)非重篤例など多くの被害者が被害者と認められてこなかった、という共通点を見て取ることができる。 このカドミウム中毒問題において、われわれは、既に、富山県神通川流域、長崎県対馬、群馬県安中の事例と、それにかかわる全国的状況について、報告書としてまとめている。本報告書は、そこで得られた知見を踏まえ、兵庫県生野(市川流域)と石川県梯川流域の事例、そして、カドミウム腎症の公害病未指定問題の探求をとおして、上記の研究課題に迫ろうという意図のもとに執筆されている。 第1章では、わが国のカドミウム問題の全体像を紹介し、生野、梯川の事例の位置づけを提示した。 公害問題における被害・加害構造を解明しようとするとき、国や加害企業の対応とともに重要なのが、被害者に最も身近に接する地元行政の対策に関する考察である。それについて、第2章では、生野について、第3章では、梯川について考察した。その結果、(1)「被害者の発見」「補償の獲得」「健康管理」のあり方は、国の姿勢や判断等によって、全て規定されるわけではなく、各県レベルにおける、行政、地元大学研究者、住民運動の三者、特には県行政の対応の積極度によって、大きな違いが存在したこと、そして、(2)この違いは、各地の被害者が置かれた状況(派生的被害のレベル、健康管理の有無等)を大きく左右したこと、等を明らかにした。 梯川の場合、さらに注目されるのは、世界をリードするほどの医学研究の成果である。この地での、腎障害に関する研究成果は、WHOのCriteriaにも、コーデックスの初期の米中カドミウム濃度基準0.2ppm以下という提案にも反映されている。つまり、世界の人々の健康管理に生かされているのである。しかし、わが国政府は、梯川をはじめ各地のカドミウム腎症の多発をカドミウムによるものと認めていない。世界で評価されているわが国の研究を、なぜわが国政府は評価しないのか。第4章では、この問いを、環境省とその医学研究班に対する社会学的検討を通して探求した。
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