本研究の特色の第一は、これまで主として「歴史」という方法を用いて行われてきた「言説」分析に、「比較」という方法論を導入しようとする試みである(「比較歴史社会学」)。特色の第二は、これまで「教育」など特定分野に限って行われる傾向があった「言説」分析を、複数の分野について横断的に行う、というものである。具体的には、1920年代から1990年代にかけての『東亜日報』と『朝日新聞』をほぼ9年おきに取り上げ、「試験」を中心とした「教育」言説、「老人」を中心とした「福祉」言説を収集・整理・考察することで、「歴史」と「比較」という二つの方法論を兼ね備え、「教育」/「福祉」の両分野をとりあげた研究を行った。本研究は、韓国の朴貞蘭仁済大学校助教授との共同研究として行われた。 その成果としては次のものが挙げられる。第一に、通常の「比較」や「歴史」においては固定的にとらえられがちな「韓国/日本」という境界が「言説」の領域においては大きくゆらぎ、ある時には強い連続性を、ある時には強い不連続性を示すことが明らかになったということ(例:「受験競争」と「課外」批判の連続性と「同盟休校」の不連続性、「私的扶養」と「老人福祉法」の連続性と「昌慶苑高麗葬」の不連続性)。 第二に、「教育」と「福祉」という複数の分野について横断的に研究を行ったことで、「韓国」/「日本」両社会の底にある基本原理の類似性と差異性を見出すことができた。すなわち、両社会においてはいずれも「家」と「国家」という二つの原理が重要である。しかし、日本においては、「連合考査」や「内申成績」の戦前からの活用や「老人福祉法」の早期制定が示すように、一貫して「国家」という原理に優位性がある。それに対し韓国においては、「家」の支配力管理力拘束力が強く、「国家」はそれを補うに過ぎなかった。それが1970年代から1980年代にかけて「国家」という原理が急速に強化され、日本と類似した状況になってきた。それを象徴するのが「課外」の摘発と「老人福祉法」の制定である。
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