本研究は、高機能自閉症児の社会性障害が彼らに特有な自己制御機能から生成されるとの仮説のもとに、硬直化した自己制御機能をもたらすことになった特定の他者モデルの取り込みに介入することによって彼らの社会性障害を改善する方策を探ることを目的とした。平成15年度は2名(A児、B児)の高機能自閉症児に関する生活場面のVTR資料、養育者の手記、担当保育士による観察記録などの資料を蓄積した。2名の資料のうち、A児については資料の集積を終了したが、B児については現在も継続中である。ここでは、既に資料の収集を終えたA児の指さし動作に関する分析結果を述べる。A児の指さし動作は、行動の制御機能に基づく時期区分ごとに明瞭な発達変化を示した。以下にその特徴をそれぞれの時期ごとに記述する。1)無制御期の終わり頃になって指さし動作の初出が見られた。しかし、その指さし動作は母親の動作を同型的になぞり、しかも身体軸までもなぞることで指示対象を探索しようとする、いわば「なぞり」としての指さし動作にその特徴があった 2)他者制御期になると、他者の指示とそれに対応する自己の動作との相補的な随伴関係をなぞる指さし動作が出現した。3)自己制御期になると自他分化が成立し、自己と他者の相補的な関係性を基盤として自己の意図や要求を他者に伝達する、いわば他者志向性の明確な指さし動作が出現してきた。しかし、こうした指さし動作の出現頻度はきわめて低く、むしろこの時期を特徴づけるのは、肥大化した内的活動の一端が指さし動作として現実場面に侵襲して顕現化する非社会的な指さし動作であった。4)無制御期や他者制御期にみられる指さし動作は、他者の指さしの理解や日常生活動作の獲得といった適応の手段として出現するのに対して、自己制御期の指さし動作は内的世界の現実世界への侵襲として起こり、結果的に適応を阻む要因の一つとなっていた。
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