本研究の目的は、前頭連合野における記憶機構として提唱されている仮説・モデルについて、大脳半球優位性の観点から実験神経心理学的に検討するところにあった。 本研究でまず検討したのは、Tulvingら(1994)によるHERAモデルであった。これは、左前頭連合野が意味記憶検索とエピソード記憶符号化に関与しており、右前頭連合野がエピソード記憶検索に関与しているというものであった。このモデルに対して、本研究では意味記憶とエピソード記憶検索の大脳半球機能差を視野分割提示法を用いて検討した。その結果、実験1では言悟性エピソード記憶検索は左半球優位であったが、非言語性エピソード記憶検索は半球差がみられなかった。実験2では、材料に特殊化した大脳半球機能差がみられ、言語性記憶検索が左半球優位、非言語性記憶検索は右半球優位を示した。 本研究で次に検討したのは、Luria(1973)によって提唱された言語による行動統制機能に関する前頭連合野における大脳半球機能差の問題であった。実験3において、言語による行動統制課題と前頭連合野優位型を測定する新近性テストを用いて検証した。その結果、言語性順序記憶能力上位群は下位群より高い行動統制力を示した。非言語性順序記憶能力の上位・下位群間には、行動統制力に差はみられなかった。 本研究で最後に検討したのは、Goldman-Rakic(1992)によるワーキングメモリに関するGoldman-Rakic仮説であった。ワーキングメモリの形成、維持、消去に前頭連合野が関与しているというのがGoldman-Rakic仮説であった。実験4、実験5、実験6において、前頭連合野におけるワーキングメモリの大脳半球機能差について検討した。ワーキングメモリ課題としてリーディングスパンテスト(RST)を用い、前頭連合野優位型を測定するものとして認知的偏向課題(CBT)を用いて検証した。その結果、右前頭連合野優位型が左前頭連合野優位型よりRST得点が高く、高具体性語が低具体性語よりRST得点の高いことが示された。 以上、前頭連合野における記憶機構として提唱されている仮説・モデルについて、大脳半球優位性の観点から検討した結果、意味記憶、エピソード記憶、ワーキングメモリ、さらに行動統制において半球差のみられることが示された。ただ、それぞれの半球差の方向性については、これまで提唱された仮説・モデルと必ずしも一致するものではなかった。今後、これらの不一致点について解明する研究を継続していくことが必要である。
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