1.教育実践としての人権教育 政府関係機関によって提起された人権教育には、学校教育・社会教育における人権教育がふくまれていたことによって、教育実践としての意味が問われることになった。 最初の人権教育研究指定校(文部科学省)に指定された学校における人権教育理解は、三つ((1)人権教育=「人権尊重の精神(人権意識)を高める教育」、(2)人権教育=「差別と偏見を解消する教育」、(3)人権教育=「当たり前の教育」)に類型化できる。ただし、これらは、従来からの教育実践を各学校の独自の解釈によって人権教育として位置づけ直したものであって、人権教育としての独自性はない。 2.人権教育の独自性 人権教育の独自性に関する問題は、人権教育の提起以降一貫したテーマであった。だが、人権教育の在り方を最初に論議した人権擁護推進審議会では、人権教育と道徳教育の区別さえ付けることができなかった。人権教育の指導方法の検討をはじめた「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」でも、教育活動としての独自性を特定できないでいる。これらの事態は、主として二つの事情((1)人権教育という概念によって教育実践が概括・追求されてきた経緯がなく、日本では人権教育としての実践の蓄積がないこと、(2)人権に関係しない教育は存在しないこと・教育はすべて人権に関係していること)によって規定されているといえる。したがって、教育実践論的には、人権教育の独自性を根拠づける実態がまだ成熟していないと見るべきである。
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