今年度の研究計画では、本来ならば、カナダのトロントにあるカナダ長老教会文書館、台湾における長榮女学校などにおける資料調査が中心的な作業となるはずであった。しかし、昨年の春から夏にかけてSARSの流行により、トロントおよび台湾への渡航延期勧告がWHOから出されたために、資料調査を延期せざるを得なかった。そのために、当初の計画を変更し、昨年12月に台湾で資料調査を行い、今年3月にトロントにおける資料調査を行うことになった。 上述のような理由により、今年度は、新たに資料を収集・整理する作業よりも、これまで集めてきた資料の読解が中心とならざるをえなかった。特に今年度に中心的にとりあげたのは、台湾におけるミッション・スクールの一つである台南長老教中学の教頭兼理事長という職にあった林茂生がコロンビア大学に提出した博士学位諭文である。この論文は、貴重な研究であると同時に、重要な歴史の証言でもある。この論文で林茂生は、日本による植民地化当初の学校教育を「新式文化」の導入として高く評価しながらも、1920年代以降の教育に関しては同化主義が強化されたと批判している。こうした評価の転換には、コロンビア大学で学んだジョン・デューイらの教育思想の影響があると共に、台南長老教中学での実践が基盤にあることを明らかにした。さらに、この論文が同時代のアメリカや日本における教育学研究の世界ではほとんど無視され、林茂生の論文の内容を打ち消すかのように植民地教育を肯定化する論説が発表されたことを解明した。 以上のような研究成果の一部を、教育思想史学会の機関誌『近代教育フォーラム』において公表した。また、コロンビア大学出版会で刊行予定の書籍に英文版を発表すべく、現在、準備中である。
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