集団遺伝学に現れる以下の確率モデルに対する確率過程論的研究を行った。 (1)集団遺伝学で提唱されている条件付き漸近分布の概念を、1次元一般化拡散過程に拡張し、その性質に関する極限定理を得た。これらの結果をBessel過程と出生死滅過程に適用した。また、本研究の端緒となった集団遺伝学モデルについては、これらの結果を用いて、複数個の確率的要因(ランダム・ドリフトと環境変動に伴う確率的自然淘汰)を含む拡散モデルにおける条件付き漸近分布の性質を考察した。 (2)個体数の確率的変動を伴う遺伝子系図学モデルと、個体数の確率的変動を伴うWright-Fisherモデル(突然変異が存在する場合)を定式化した。これらのモデルに対して、集団の有効個体数と呼ばれる特性量を定義し、その性質を明らかにした。さらに、これらの有効個体数と個体数の確率的変動を伴う拡散モデル(突然変異が存在する場合)とWright-Fisherモデル(突然変異が存在しない場合)に対して定義されている有効個体数の計4つの有効個体数の関係を明らかにした。その結果、突然変異が存在する場合の拡散モデルとWright-Fisherモデルの有効個体数は、突然変異率を無限小とした極限で、遺伝子系図学モデルの有効個体数に収束することが分かった。 (3)2つの遺伝子座において互助的相互作用が自然淘汰に働く集団遺伝学の確率モデルに関して、広範なパラメータ(自然淘汰の強度、突然変異率、組み換え率)の値に対してコンピュータ・シミュレーションを行い、二重突然変異体の集団への固定待ち時間(ある境界点への初到達時間)の分布、平均、分散を考察した。さらに、このモデルの拡散近似(離散時間マルコフ連鎖の拡散過程による近似)を導き、固定待ち時間の平均が従う偏微分方程式を得た。この偏微分方程式を解析的に解くことは困難なので、突然変異率と組み換え率が自然淘汰の強度に比べて十分小さいときに、この3次元拡散モデルをさらに近似する1次元拡散モデルを導出した。
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