今年度は、前年度までに開発した最大エントロピー法解析をバリオン励起状態の研究に応用した。これまで格子量子色力学の数値シミュレーションを用いたハドロンの基底状態の質量スペクトルは多くの研究がなされ、クェンチ近似の範囲でも実験のスペクトルと10%程度の精度で格子データから引き出されたスペクトルが一致することが知られてる。 しかしながら、ハドロンの励起状態については、格子データとスペクトル関数を繋ぐ道筋が明確でなかったために、定量的な研究が立ち遅れていた。我々は、特に以前から実験的に知られているローパー共鳴(核子の第1励起状態)のスペクトル構造に注目し、高エネルギー加速器研究機構の汎用計算機SR8000の共同利用計算時間を使用し、核子とΔ共鳴の励起スペクトルの系統的研究を最大エントロピー法を用いて行った。その結果、励起状態のスペクトルを基底状態に比べておおきな有限体積効果を被ることが判明し、サイズが3fm以上の格子が励起状態の定量的研究に必要であることを見出した。さらに、このような大きな格子上での計算を実行し、正パリティを持つローパー共鳴が、クォーク質量の広い領域について負パリティ核子励起状態とほぼ縮退して現れるという結果を得た。これは、従来の簡単なクォーク模型からの予想に反する結果であるが、実験データとはむしろ整合した結果となっており、励起状態においては単純な構成子クォーク描像が破綻する可能性を示唆している。また、我々は核子とΔ共鳴の質量差に関する微細構造とその有限体積効果についても研究した。
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