半導体ヘテロ接合および量子井戸におけるスピン分裂、すなわちスピンが上向きの電子と下向きの電子のエネルギーに差が生じる現象、を研究するためのツールとして、強結合近似によるバンド計算プログラムの作成をおこない、このプログラムを用いて数種類の量子井戸構造における伝導帯スピン分裂を調べた。この結果、量子井戸を構成する物質自体がスピン分裂を示さないSiやGeの場合でも、電場を印可することによってスピン分裂を誘起できることが明らかになった。このことは、製造技術が最も確立しているSiをベースとしたスピンデバイスの実現が可能であることを示すものである。 まず量子井戸を構成する物質自体がスピン分裂を示す場合の例として、GaAs/AlGaAs量子井戸とInGaAs/InAlAs量子井戸の伝導帯スピン分裂の計算をおこなった。これらの量子井戸では電場を印可していない場合でもスピン分裂が生じるが、その波数依存性は波数ベクトルの方向によって異なる。たとえば[001]方向に成長させた量子井戸の場合、波数ベクトルが[100]方向ではスピン分裂が単調に増加するが、[110]方向では一旦増大したあとに減少に転じて0を横切り、さらにその絶対値が増大する。また、その変化の様子は電場の印可によって顕著に変化し、電場が一定の値以上になると[110]方向でも単調に増加するようになる場合がある。 次に、量子井戸を構成する物質自体がスピン分裂を示さないSiやGeの量子井戸の場合、電場を印可しない状態ではスピン分裂は生じないが、電場の印可することによってスピン分裂が誘起されることを明らかにすることができた。これは、バルクには見られない特性を、量子井戸構造によって発現させることができることを示す、たいへん意義深い結果である。
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