本研究では、(001)量子井戸における電子スピン才差運動とその空間的コヒーレンス、およびそのスピンFETへの応用についての研究を行うとともに、電子スピン才差運動への原子核スピン分極の影響についても研究した。 不純物やフォノンなどによる運動量散乱を考慮した、スピン輸送のモンテカルロ・シミュレーションを行い、デバイス応用上十分なスピン・コヒーレンス長を得るためには、次の2つの方法が有効であることを明らかにした。 1.ラシュバ有効磁場がドレッセルハウス有効磁場よりも強く、後者が無視できる場合には、円形のコルビーノ型電極を用いると十分なスピン・コヒーレンス長が得られる。その際、中心電極の半径は小さいほど良い。 2.ラシュバ有効磁場とドレッセルハウス有効磁場が同程度の場合には、電流方向を(110)やそれと等価な方向にすれば、十分なスピン・コヒーレンス長が得られる。 いずれの場合も、ゲート電圧を通してラシュバ場を制御することで、ドレイン端でのスピン分極方向を有効に制御することが可能である。 原子核スピンの影響については、電子スピンと原子核スピン間のフェルミ接触相互作用を考慮して、原子核スピン分極と電子スピン才差運動のシミュレーションを行った。その結果、原子核スピン分極が電子スピン才差運動に大きな影響を与えることが分かった。原子核スピンの分極に要する時間は10秒程度で、それにより電子スピン分極の大きさは最大で数10%減少する。これは応用上たいへん問題となり得る結果である。しかし、有効磁場を時間的に変化させることで原子核スピンを乱すことができれば、電子スピン才差運動に対する原子核スピンの影響が十分に減少する可能性がある。今後、有効磁場を時間的に変化させた場合の、原子核スピン分極の影響を詳細に研究する必要があるだろう。
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