グラファイト上吸着ヘリウム3薄膜において、吸着第1および第2原子層は固化し、2次元量子スピン系のモデル物質を与える。この系では、複数のヘリウム3原子が環状に位置交換して生ずる多体交換相互作用が支配的であるが、様々な個数の多体交換相互作用の競合がこの系の磁性を複雑なものにしている。最近、多体交換相互作用の競合に、吸着ポテンシャルのcorrugationが大きく影響を及ぼしていることが明らかになってきた。これは、実験上明らかになっていない、この系の吸着構造を明らかにすることが必要であることを意味する。我々は、経路積分モンテカルロシミュレーションに基づき、様々な実験事実を定性的に説明できる吸着構造相図を提案している。本研究においては、この構造相図の信頼性を確立することを目指している。その手始めとして、固相が融解する温度の複雑な面密度依存性を再現できるか調査している。相関係数から作られるBinderパラメータの、系のサイズ依存性が、融解温度の上下で異なることを利用して融解温度を求める手法を採用した。構造の基本格子が大きいなどの困難のために、すべての構造について融解温度を求めるには至っていないが、実験事実と矛盾しない結果が得られつつある。 一方、この系の比熱Cは、交換相互作用の大きさより充分な高温においても、局在スピン系の高温比熱として期待される温度の自乗に反比例した依存性は示さず、非常に広い温度領域にわたり、C∝T^α(α【approximately equal】-1)という異常な温度依存性を示すことが知られている。我々は、(α+2)が多体交換相互作用の競合の強さを示すfrustration parameterと同等なものであると見なせると考えている。従来、充分な低温まで測定が為されていなかった、吸着第1層の非常に競合が強いと考えられている面密度領域について比熱測定を行い、測定結果を蓄積するとともに、(α+2)が大きいこと、即ち、競合が強い系であることを確認した。
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