ハミルトン系のそう空間には、一般に可積分(トーラス)と非可積分(カオス)領域が複雑に共存している。そして、その二つの領域のインターフェイスで1/f揺らぎのような長時間記憶を持つ複雑なカオス軌道(淀み運動;Sticky motion)が出現する。淀み運動は双曲的カオスとは著しく異なるエルゴード的性質(多重エルゴード性)を持つことが明らかになってきた。本研究では、クラスター形成の動力学、二次元ビリアード系、一次元写像系などの数理的な構造から、淀み運動のエルゴード性を理論的に解明することを目指した。Nekoroshevの定理から淀み運動の寿命が対数ワイブル分布に従うことをスケーリング理論から導き、実際にクラスター形成の数値実験においてそれを確認することができた。また、パワースペクトルのベキ指数と分布が特徴的なガンマ分布で近似できることなど、を示した。さらに淀み運動の本質が無限エルゴード性にあるとの認識から、マッシュルームビリアード系が1/f揺らぎを生み出すメカニズムを完全に解明することに成功した。さらに、一次元系の研究では、無限エルゴード性の数理構造を更新理論の立場から完全に解明し、淀み運動のもつ多くのスケール則(anomalous large deviation)を導くことに成功した。無限エルゴード性の理論(Darling-Kac-Aaronsonの定理)を基礎にして淀み運動の普遍則の一面を明確に理論化できたことは大きな進歩であった。さらに、多重エルゴード性の本質が無数のエルゴード測度の分散機構にあることに注目して、Infinite Modal Mapを新しく提案し、これまでの無限エルゴード理論の枠におさまらない特異なスケール則を導くことに成功した。これはトーラスとカオスのインターフェイスに出現する特異スケール則と密接に関係しているものと予想して現在計算を進めている。
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