π電子共役有機分子の光異性化反応は多くの関心を集めているが、その合理的な理解には程遠い。この解明にとって重要なものの一つはその緩和チャンネルとなる円錐交差(CIX)の情報である。しかし、CIXは光異性化過程においての単なる通過点にしか過ぎないため実験的には決定が困難である。そこで、本研究課題ではCIXを非経験的分子軌道法により求め、さらにその他の配座における計算も行うことにより共役ポリエンの光化学的挙動の描像を提案した。対象とした分子はフェニルアセチレン(PA)、ジフェニルアセチレン(DPA)およびジメチルアミノベンゾニトリル(DMABN)で、これらはいずれも高い電子励起状態からS_1への内部転換過程における円錐交差(具体的にはS_2/S_1-CIX)の情報が欠如していることにより、光化学過程の合理的な描像が得られていないものである。 PA : S_2/S_1-CIXはベンゼンの芳香族性が消失し、エチニル部分はアレン形となり、β-Hは他のPA平面から外れた位置にあることが分かった。これにより吸収スペクトルに現れる振動構造がS_2への励起後のアレン構造の生成に由来するという合理的な解釈を与えた。 DPA : S_1での最安定構造はトランス屈曲構造で、S_2/S_1-CIXはその屈曲角が励起直後のD_<2h>構造とS_1の最安定構造のほぼ中間にあることが分かった。これをもとに時間分解スペクトルに対する合理的な解釈を与える描像を提唱した。 DMABN : S_2/S_1-CIXはベンゼン環部分がキノイド構造をとり、ジメチルアミノ基はベンゼン環に対して、ほぼ垂直にねじれた構造をとっている。また、S_2/S_1-CIXは電荷移動状態とベンゼン環の局所π-π^*励起のポテンシャル面の交差領域に当たっていることが分かった。これをもとに、従来二律背反の反応モデルであったTICTとPICTモデルを融合した新たなモデルを提唱した。
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