研究概要 |
組織化された結晶空間には,均一系とは異なる特異な反応場が提供され,各々の分子は特徴ある反応挙動を示す。結晶化の過程は分子の選択性に,結晶相反応は反応の選択性に優れている。我々はこの特性を巧みに活用し,自然晶出法によるキラリティーの自然発生や不斉結晶の固相光反応による絶対不斉合成を報告してきた。しかし,反応の選択性に優れていることは,逆に,限られた反応でしか利用できないことを意味している。反応の場を均一系やアモルファスへ展開する事によりこの問題を解決できる。すなわち,基質の結晶化によりキラリティーなどの分子情報を記録し,この情報を溶液系での多様な反応に活用することが可能になると考えられる。今回は特にアキラルな基質のキラル結晶化により生じた不斉分子情報を光不斉反応へと展開し新規絶対不斉合成を開発した。 芳香族アミド1は,sp^2平面構造の窒素原子を有し,アミドの回転がラセミ化に相当する。さらに窒素原子上の置換基や隣接した置換基を選択することにより,ラセミ化速度の制御も可能である。これらのアミドが自然晶出により不斉結晶を形成すると,溶解後でも分子不斉を保持することが可能であり新たな不斉誘導へと展開できる。我々は種々のナフトアミド誘導体を合成しキラル結晶化を検討した。その中で2-位にメトキシ基を導入したpiperidineのナフトアミドが空間群P2_12_12_1の不斉結晶を形成することを見出した。アミド結合はナフタレン環に対してほぼ直行した(101.6)捻れた構造を有していた。 アミド1は室温で容易にラセミ化が進行しHPLCなどによる分割は不可能である。このラセミ化速度を求めるために,鏡像体の結晶を種々の低温のTHFに溶解し,CDスペクトルを測定すると対応するCotton効果が観測された(Figure3-a)。さらに時間経過とともに徐々に減少していく様子も観測できた。そのラセミ化の半減期は13.4分(15℃),20.2分(10℃),35,8分(5℃)であり,結晶化により記録された不斉分子情報を低温では長時間記憶していることを見出した。 ナフトアミドをジエン存在化で高圧水銀灯を用いて光照射したところ付加反応が速やかに進行した。cyclopentadieneを用いた場合には4+4付加体2が高収率で得られ,2,5-dimethylhexadieneを用いた場合には2+2付加体3が得られた。これらの類似体の構造を単結晶X線結晶構造解析により決定した。 不斉結晶を低温で溶解させ,保持されている不斉分子配座とジエンとの不斉光付加反応を検討した。-20℃〜-40℃に冷却したジエンのTHFまたはtoluene溶液に不斉結晶を溶解させ,超高圧水銀灯にて光照射した。cyclopentadieneと2,5-dimethylhexadieneのいずれを用いた場合にも付加反応は効率よく進行し,4+4付加物と2+2付加物ともに光学活性体として得られ,新しい絶対不斉合成に成功した。
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