電子伝達タンパク質シトクロムcの電子移動反応の熱力学的解析を行い、酸化還元電位(E^<0'>)の調節機構を分子レベルで明らかにする研究を行った。本研究では、100℃でも変性しない程安定なシトクロムc及び変性温度が異なる一連の人工変異体を研究試料として利用した。研究目的である、シトクロムcにおける鉄-硫黄配位結合とE^<0'>の関係の解明は達成され、酸化型シトクロムcの鉄-硫黄配位結合が安定である程、E^<0'>が低下することを初めて明らかにした。一方、還元型シトクロムcの鉄-硫黄配位結合は、常に安定であることも示された。したがって、シトクロムcのE^<0'>は、酸化型における鉄-硫黄配位結合の安定性により調節されることが明らかになった。また、酸化型における鉄-硫黄配位結合の安定性は、シトクロムcのタンパク質内部の疎水性コアの性質に依存することも実証された。結果的に、シトクロムcの機能と構造の相関関係を規定する基本原理の一つは、タンパク質の立体構造、タンパク質の熱力学的安定性、鉄-硫黄配位結合の安定性の相互関係の中に見出されることが示された。 次に、E^<0'>のpH依存性を解析した結果、E^<0'>はヘム鉄近傍の電荷の影響を受けることが示された。さらに、このヘム鉄近傍電荷によるE^<0'>調節機構は、鉄-硫黄配位結合の安定性による調節機構とは独立して作用することが初めて示された。本研究により明らかになった2つのE^<0'>調節機構を組み合わせれば、任意のE^<0'>をもつシトクロムcを分子設計することが可能となると考えられ、この研究成果はシトクロムcをバイオエレクトロニクス素子などとして利用する際には役立つと考えられる。 本研究で明らかになったE^<0'>調節機構は、いずれも電子移動反応のエンタルピー変化の調節を介した機構であり、今後の研究によりエントロピー変化を介した調節機構を明らかにしたいと考えている。
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