本研究では超高速の磁性過程を実時間で追究する観測法を開発し、光照射で生ずる物質中のスピン偏極の過渡応答を解明する。本年度は検出コイルを用いて金属磁性体や種々の常磁性錯体におけるスピン偏極の励起と緩和過程の観測を検出の時間応答の限界とされるナノ秒時間領域に注目して行った。 1)金属ガドリニウムの光-磁界スイッチング キュリー点近傍では光パルス照射による磁化変化は強磁性相に比べて大きく、また保磁力が小さいことからパルス光の照射により容易に磁化反転が可能であることが見出された。さらにパルスの連射からスイッチングの速度はナノ秒程度であることがわかった。現在スイッチングの速度とパルス高強度及びその温度特性の詳細を実験中である。本結果は日本物理学会(岡山)で発表された(投稿予定)。 2)常磁性酢酸銅の単核錯体と反磁性複核錯体のナノ秒光誘起スピン偏極の観測 酢酸鋼の水溶液と酢酸溶液では光誘起スピン偏極の結果は非常に異なっている。前者では円偏光による励起でのみ信号が観測されたが、後者では直線偏光励起(磁場下)でも信号が観測された。また酢酸銅の粉末試料でも後者と同様の結果を得た。このことから前者では酢酸鋼は常磁性単核錯体であり、後者では基底一重項と励起三重項から成る複核構造を取ることが証明された。酢酸銅の複核構造は既知であるが、本実験は一般に単核と複核構造を同定する簡便な手法となることが示された(Che.Phys.Lett.に投稿準備中)。 鉄明礬単結晶のナノ秒光誘起スピン偏極の観測を行い、酢酸銅と同様、円偏光及び直線偏光の励起でスピン偏極の信号を得た。鉄明礬単結晶では直線偏光による信号は酢酸銅のような複核構造は取らないので、スピン六重項の磁場による状態混合がスピン偏極を与える可能性を議論したが、同様のスピン構造を持つマンガン錯塩では直線偏光による信号が見えないことから、まだ解釈ができていない。 上記の高速信号の観測と共に、本研究では検出コイルに電気光学効果を導入した新しい超高速検出法を準備している。現在KDPを用いて磁気パルスを試料からの疑似信号電磁波と見立ててその感度と応答特性を調べている。本課題研究の2年次では電気光学係数の高いニオブ酸リチウムに変える予定であり、ミリガウス程度のパルス磁化の検出を目指す。
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