研究概要 |
当該研究期間において2つの研究を行いました.一つは自己言及性を持つagent-based modelの研究です.自己言及性を持つモデルによって記述される社会経済現象をマクロ的に解析するには,そのモデルのスケーリング・リミットを取らないといけませんが,自己言及性の影響によってスケーリング・リミットが存在したり,しなかったりします.そこで本論文では,自己言及性を持つself-referential agent-based modelと自己言及性を持たないagent-based modelの2つを構築して,それらの違いを評価することが出来ました(比較定理).そして自己言及性を持つモデルのスケーリング・リミットが存在する為の十分条件と存在しない為の十分条件を求めました(収束定理と発散定理).スケーリング・リミットが存在しないとは,現象を記述するミクロ的な基礎を持つマクロモデルが通常の意味では存在しないことを意味します. もう一つはヒト成人T-細胞白血病ウイルス(HTLV-I)の感染モデルの研究です.HTLV-Iは母子感染が主な感染経路です.そのため,母集団に,女性の結婚,出産というライフサイクルのポピュレーション・ダイナミクスを組み込む必要があります.本論文では,に年齢構造のポピュレーションダイナミクスを導入し,時間変数について離散化したモデルを構築し,日本赤十字社の輸血部門によって得られたHTLV-Iの統計データとの有意の一致を確認できました.本論文の数値計算結果は大分医科大学においてHTLV-Iの母子感染予防の治療指針作成に利用されています.またHTLV-Iの母子感染予防の為の公衆衛生上の政策立案に強力な数値計算ツールを提供することができ(母子感染率の変化が実際の感染者数の低減にどの程度効果があるかをかなり正確に予想することができ,公衆衛生政策の費用対効果を計算することができます),本研究で得られた結果の内容や社会的意義が,2003年6月29日の読売新聞朝刊(全国版)の社会欄で紹介されました.
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