今年度はこの物語に関する基本的な資料の収集を行い、前年度に試みた翻訳をより、精緻なものにするとともに神話と物語の背景との関連などについて考察した。 「世界と人間の発見」と言われるイタリア・ルネサンスは人間とそれを取り囲む環境を触知できるイメージとしてキリスト教の教義のもとで抑圧されてきた人間の肉体の表象を試みている。それは中世後期の視覚的文学的表現の中で、次第に明らかにされてきた人間の身体や愛やエロスへの高まりとして示される。そこで、この物語に登場する神話上の人物たちが物語の構成とその情景設定にどのように関わっているかについて考察を試みた。 ディアナ女神はポーリアがペストに罹ったときに帰依した、物語の進行上欠くことのできない女神でありアポロの双子の妹である。ディアナの持つ属性は月、夜、森であり、身には狩の道具である槍と矢筒と弓をもっていた。第二書のディアナとポーリアの結びつきについての記述が、物語のはじめでポリフィーロが最初に迷い込むのは薄暗い森であり、この森の女神はディアナであることによって、第一書で関連付けられている。 ウェヌスはディアナと対置される女神であり、物語は一貫してウェヌスとその息子クピドとの関連で記述される。ウェヌスは<魅力>の意味であり、本来は菜園の女神である。また、性的側面を強調したローマ名でアドリア海沿岸部族の母であり名親である女神に由来する。ヴェネチアの名もこれにちなみ、崇敬Veneration、性交、好色veneryもその派生語である。物語の中で図示されるウェヌスは「ニンフの泉」の場面での、彫刻モニュメントに刻まれた、2人の子供をつれたサテュロスとそこに見られるニンフとして描かれている。これは眠っているウェヌスを描いた最も早い例である。サテュロスは左手で木の枝を引っ張り、左手でその木から下げられた日よけの布を引っ張っている。一人の子供は瓶、もう一人は2匹の蛇を両手で持っている。その泉の彫刻の下にギリシア語でΠΑΝΤΩΝΤΟΚΑΔΙ(すべてを生んだものへ)と記述され、これはVenus Genetrixであることは疑い得ない。 この物語で二人の愛が成就するためにはアポロと双子の妹であるディアナをポーリアが信仰するわけにはいかなかった。物語の構成上、ポリフィーロ/アポロ、男性 理性、光、視覚:ポーリア/ウェヌス 女性 愛 盲目 触覚という比較が可能である。また、この物語に登場する主要な神はギリシアにおけるオリュンポスの神々よりも古い起源を持つ神々であり、フランチェスコ・コロンナがこの物語において試みようとしていたことは、その文体にも現れているように、既成の制度の打破にあったと考えられ、そのことがここで取り上げた神々にもみてとれる。
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