ICRマウスで出産及び授乳中の心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)増加を見いだした。この生理的意義を考え、下垂体後葉(オキシトシン=OXT)・心房(ANP)・乳腺(標的器官)軸という新しいホルモン協関システムの存在仮説に到った。すなわち出産及び授乳で下垂体後葉からOXTが分泌され、それは従来子宮収縮、乳汁射出に関わると考えられてきた。ところが、これに平行してANPの合成・分泌増加が示され、乳腺にANP受容体が存在することから、子宮収縮・乳汁射出作用とは別に、OXTの刺激で心房からANPが合成・分泌され、そのANPが乳腺に作用して、乳汁分泌を促進する系があると考えられた。心房にはOXT受容体がありOXT投与でANP分泌が起こること、一方、乳腺にANP受容体が存在することはそれぞれ知られていた。今回示された、下垂体・心房・乳腺軸という新しいホルモン協関システムの考えは、新しい独創的な発想である。 一方、心房から分泌されるANPの機能に関しては、ANPファミリーペプチドの1つ、ウナギVNPがイヌ摘出冠血管輪状標本に対してヒトANPやBNPよりも強い血管弛緩作用を示すことを明らかにした。ANPファミリーペプチドは魚類レベルで一度分子拡散を示したペプチドで、ほ乳類に至り、乳腺というほ乳類のみに発達した器官の調節因子として新たな機能を獲得したと考えられ、ホルモンとその受容体系の進化を考える上でも興味深い。 以上より、新しいホルモン協関システムの存在が示唆された。このホルモン軸についての研究をさらに進めるとともに、ANPなどの循環作動性ペプチドと心臓機能との関連については今後さらに研究を進める必要がある。妊娠や授乳のようにほ乳類になって獲得された行動様式にともなうホルモン調節系に、従来別の生理的意義をもつ分子種を利用する進化適応を明らかにすることは大きな意義を持つと考えられる。
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